太平洋記念日とマゼランと私

昨日、11/28は太平洋記念日だったそうです。

Google AI による概要

11月28日は「太平洋記念日」で、1520年のこの日、マゼランが南米大陸南端の海峡を通過して、初めて「太平洋」へ出たことを記念する日です。当時の穏やかな海の様子から「平和な・穏やかな大洋(El Mare Pacífico)」と名付けたことが、「太平洋」の由来となっています。

  • 歴史的背景:1520年11月28日、フェルディナンド・マゼランが後に「マゼラン海峡」と命名される南米大陸最南端の海峡を通過して、太平洋に到達しました。
  • 名前の由来:航海中の天候が穏やかだったことから、マゼランはこれを「El Mare Pacífico(平和な海)」と名付けました。この言葉が、日本語で「太平の海」を意味する「太平洋」の由来となっています。
  • 功績:マゼランの航海は、史上初の世界一周を達成する重要な一歩となり、地球が丸いことを証明するのに貢献しました

ちなみに、マゼランの船は世界一周を達成しましたが、当のマゼランは旅の途中でフィリピンの原住民に殺されてしまいます。

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マゼランが殺されたのは、フィリピンのマクタン島で、現地の首長であるラプラプが、マゼランの要求(貢納とキリスト教への改宗)に反発し、マゼラン率いるスペイン軍を襲撃したためです。

  • 要求への反発:マゼランはセブ島の首長フマボンに貢納とキリスト教改宗を求めましたが、フマボンはこれに応じました。
  • フマボンの服従強要:フマボンは、マゼランの支援を受けて、他の地域の首長に対しセブ島への服従を迫りました。
  • ラプラプの抵抗:これに対し、マクタン島の首長ラプラプが抵抗し、フマボンやセブ島からの離反者と協力して、マゼランのスペイン軍を襲撃しました。
  • マゼランの死:この戦いで、マゼランはラプラプ軍に殺されました。

“貢納とキリスト教への改宗”…貢納とは、“領主や国家に、収穫した作物や金品などの貢ぎ物を納めること”。そして、キリスト教への改宗を要求した、ということのようです。

これが本当ならば、殺されてしまうのは恐ろしいことだけれども、マゼラン率いるスペイン軍もいきなり人様の家に上がって貢納や改宗を求めるのもおかしいよな、と現代の(私の)感覚だと思ってもしまいます。

話を太平洋に戻しますと、先日日記で辛坊治郎さんのヨットでの太平洋横断について触れました。

私は地方に一人旅をしに行ったりしますが、なんとなく日本海側よりも太平洋側に行くことが多いです。

時期にもよると思うけど太平洋側の方があったかくて、気候も落ち着いていて過ごしやすいといったようなイメージがあります。

まさに、“平和な・穏やかな大洋(El Mare Pacífico)”という印象を持っています。

旅、また行きたいなぁ。

補足 : 昨日、日付を間違えて11/29のアルバニアの解放記念日について書いたので、今日は遡って昨日の記念日について書きました。